今日はキャンパス見学会であった。
情報コーナーを担当したが、手伝い学生は今回5名。
私のゼミ生が3名、若いT先生のゼミ生2名で、5人とも大変仲良しである。
終わってから、お礼にとイタリアンレストランへ行った。
そこでの会話でいろいろ反省すべきことあり。
T先生とTゼミ学生のやりとりはおもしろく、ゼミも大変おもしろそうであった。
私のゼミ生は、ゼミは、楽しくないという。でも、彼女らの気持ちはよくわかる。
なぜなら、私もおもしろくない。
前回のキャンパス見学会の準備のころから、楽しくあかるい学生たちだということが
わかった。全くすれてなくおぼこく、そのまま、天然、天真爛漫な学生たちである。
そして、相手のことを常に考えている。
今日のこの会食で、さらに再発見した。
そんな子が、わがゼミでは、全く自分を出せず、静かなのだ。
理由はわかっている。
他ゼミ学生への遠慮である。
声だけが大きく、全く自己中である。
自己中であっても、純真な子たちは、自己中らに配慮するのである。
それを自己中はわからないのである。
それを見ている私は、コントロールできないのである。
三つ子の魂百までという言葉があるが、そのとおり。
その子らを制御できない私が一番の問題であるが、
技術屋である自分に心の教育ができるかぁ・・と。
リテラシー(聞く力、態度)が養われていない者に高等教育は
受ける資格(能力)はないのである。
ゼミナールは学生の選択が選択するが、その際説明をする。
結構人気のあるゼミなのだが、かならずへんなのが入ってくる。
来たい学生をけとばしているので、本当にがんばってほしいのだが、
自己中は、あくまで自己中だから、そんなこと知ったことではない。
昨年、学外のボランティアと協働で行っている事業に学生が参加しているが、
ボランティアも昨年は怒った。
それだけに、今年の学生はいいねという。
あと半年。どうしていこうか。今の一番の問題は、大学祭。
自己中の面倒は見切れない。
私は切れている。
しかし、おぼこい学生たちが迷惑を受けるのは目に見えている。
今日、会食のあと、学生を送ったが、田舎に住む学生の一人を近くまで
送っていったら、ご両親とお姉さんが待っていた。
そう、家庭がうまくいっているのである。
リテラシーは家庭力だ!
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